そう 信じるまま turst me 

TOMORROW

あと何回じいちゃんに会えるだろうか。

 

手術をした数日後に緊急手術。

 

86歳のじいちゃんに、これ以上好転が見込める手術なんてあるのだろうか?

何回死を覚悟させるのか。

つっても、何が正解なのかなんてわからない。

正直、事故の処置のあと、熱が出ているのに感染症を疑わず、いよいよやばいってなってやっと検査して大変だーってなった担当医師への不信感も強い。

手術の説明書?には、感染症の発症リスクが高いと書いていながらあまりにも呑気すぎたんじゃないか…?

もっと早い段階で処置ができていれば…

 

その後、何度も同じような、

開いてみたらこんなんなってましたーみたいな

1歩遅い、後手後手の対応が目に付く。

開けなきゃ分からないこともあるかもしれないけど、何のために毎日検温したりなんだりしているんだろうか。

タラレバなんて考えたらキリがないけど。

医療従事者でないから事情なんてしらんけど。

 

何度もこんなことがあって、それでもじいちゃんが生きてきたのは、きっと何か意味があるから。

でもなんか今回ばかりは…なんだろう、もういいよって言ってあげたくなる。

 

お見舞いに行きたいけど、ICU?だから私は入れない。

 

母は病室に入れるから…動画をたくそうと思うけど、なんて言ったらいいか。

頑張れなんて言えない。

ありがとうって伝えたい。

週末には行くからねって言いたいけど、なんだか叶わない気がしている。

約束をする時がきたのかもしれん。

いざそれを考えると…約束なんか思いつかない…(笑)

感謝を伝える事しか浮かばない。

ありがとうしかでてこないわ…

お別れの準備はいくら期間があっても足りないね(笑)

でもこうしてお別れできるのは幸せだよな。

辛いのに幸せって…なるほど、足りないと辛くて足りてると幸せなのかしら…(支離滅裂

 

大切な人を失うってほんとに…ね、うん。

 

 

これ、母は大丈夫だろうか。

寄り添ってあげる自信が無い。

でも私しかいないよなとりあえず物理的には。

寂しいでしょ…はい、孫あげる

なんてこともできないし(完全なめてる

彼女自身が新しく踏み出せるように…

それまで、なにかの形で私がサポートできればいいよね←

 

私がもしかしたら彼女の自由の足枷になっているかもしれない。って思うこともある。

お互いになかなか依存している。

私に至っては完全に経済的パラサイト。

でもいつかは今住んでいる賃貸を出ないといけないだろうし、母や自分が年老いたら生活環境も変えなくちゃいけないかもしれない。

この先生き残るためにはかなりの難易度高い問題に直面し乗り越えなくてはならないだろう。

それこそ、ずっと一緒に居るのかとかそういう根本的なところから考える時がくるかもしれない。

ノープランで生きてきて今の状態だからさ。

今更独り立ちする計画があります!なんてのもね(笑)

思ったとこで実際できないし(笑)

退避手段として結婚なんてすぐできるわけないし、こんな動機はすぐに失敗するわ。

 

考え出すといろんなことがぐるぐると問題であり悩みであり…?

なるようになるさが、一体いつまで続くのやら。